徳島剣山世界農業遺産支援協議会通信-No.24

≪吉田俊幸氏の剣山系の傾斜地農業に関わる特別寄稿≫ [平成27年 8月12日(水)]

・一般社団法人農政調査委員会の理事長である吉田俊幸氏が、貴重な論考を寄せていただきましたので報告します。

特別寄稿 『剣山系の傾斜地農業の可能性』


一般財団法人農政調査委員会理事長

元高崎経済大学学長、日本地域政策学会名誉会長

吉田 俊幸


・平成26年9月に、林博章先生、野田靖之先生のご案内で剣山一体の急傾斜地農業と集落を訪問した。おそらく、この地域は、古代より急傾斜地での畑地、茶等の樹園地で農作物を栽培し、生活を営んできた。その基礎にあるのは、萱と精緻な石積みを活用した地力の維持と土壌流出を防ぐシステムである。そのことによって、地域の農地や自然を保全してきた。同時に、信仰の対象である巨木が集落の中心にあり、集落が鎮守の杜に守られている。巨木を含めた森林が地域の豊かな自然と農地、居住環境を保全してきた。

特別寄稿『剣山系の傾斜地農業の可能性』1
※吉田理事長に伝統農を説明する(徳島市国府町)

・急傾斜地での「萱農法」は、現代にも通じる国土保全・環境保全型農業である。萱を敷きつめることによって、急傾斜地での土壌流出を防ぎ、さらに、その萱が雑草の繁茂を防ぐ、自然のマルチの役割を果たしている。敷きつめられた萱は、有機肥料として分解し、土壌内にミミズ、有益な細菌を増殖させ、生態系の維持・増進につながっている。葦農法は、自然循環型の減化学肥料、減農薬の環境保全型農業の先進例でもある。急傾斜地での伝統的な萱農法による農業生産が維持されてきたため、伝統・在来品種が保存され、独特の農機具が、現在でも使用されている。そのことによって、多くの貴重な遺伝子資源が保存され、伝統的な栽培技術が維持されてきた。


特別寄稿『剣山系の傾斜地農業の可能性』2
※巨樹とカヤを施用した農業風景(穴吹町渕名の視察)

・また,集落の里山、鎮守の杜が地域の生活・文化の中心となっている。里山(鎮守の杜)さらには萱農法に必要な萱場、及び萱農法とが組み合わされ、剣山地域の豊かな自然と生物多様性が維持されている。とくに、剣山一帯は昆虫、小動物とくに日本ミツバチの宝庫である。地域のいたるところに日本ミツバチの巣箱が設置されている。日本ミツバチが豊富な存在による受粉システムも萱農法の需要な構成部分でもある。

・また、萱農法、里山、集落構造が土壌流失や水害をこの地域だけではなく下流域にも防いでいる。下流での豊かな農産物の生産、水産物生産にも貢献している。


特別寄稿『剣山系の傾斜地農業の可能性』3
※粟の視察(穴吹町渕名にて)

・日本では、急傾斜地農業というと棚田を一般的に指している。水田農業を偏重した農業政策や農業観が反映されている。剣山地域の萱農法による急傾斜農業や山形県月山周辺、高知、宮崎等の焼き畑農業も現代において、品種(遺伝子)、農法や技術について再評価が求められている。ところが、剣山地域も農業労働力の高齢化と後継者不足も深刻化している。これらの地域の萱農法や集落を保全するには、様々な支援策が必要となっている。ところが、中山間地域直接支払制度でも、水田が優先されている。直接支払の単価は、急傾斜地の水田への直接支払が10a当たり23,000円なのに対し、畑の場合には11,500円である。水田は、わが国の国土、文化を培ってきたが、剣山等の畑、里山も照葉樹文化を引き継ぎ、生物の多様性と国土を保全してきた。こうした視点からの急傾斜地の畑・樹園地への多様な支援策の強化が望まれる。

・同時に、貴重な集落、農業を維持するには、地域外からの都市住民との交流も外国人との交流を一層、推進する必要がある。この地区は、グリーンツーリズムの宝庫でもある。各集落の縄文時代からの遺跡群、天皇家とゆかりの深い忌部神社等の歴史と文化遺産、すばらしい景観、遍路旅人との交流、萱農法による豊富な農林産物、伝統的な加工品等、数えきれないほどの資源がある。

・地域住民を中心に様々な地域からの多様な交流を通じて、以上の豊富な地域資源や農林産物を活用し、新たに様々な「業」が生まれる可能性を秘めている。地方創生といわれているが、この地域がその先進地になる資源と可能性を秘めている。


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