徳島剣山世界農業遺産支援協議会通信-No.30

安房国(千葉県館山市)で感謝される剣山系の農文化伝播   [平成28年 2月 8日(月)]

・昨年度の事業報告をします。伝承によれば、古代において剣山系の農文化は阿波忌部により黒潮で関東にもたらされたとみられます。平安時代の最初、大同2年(807年)、今から約1200年前に忌部宿祢広成が書いた『古語(こご)拾遺(しゅうい)』には、阿波忌部族が関東を開拓したことが記されています。


継承される阿波への望郷神事

安房国(千葉県館山市)で感謝される剣山系の農文化伝播1

 ※阿波忌部が上陸した「布良崎神社」


・その関東開拓団は、東京湾の入口となる現在の千葉県南部の館山市布(め)良(ら)の海岸、地元の伝承に云う「アユドの浜」に上陸を果しました。そして阿波忌部は、上陸した布良に『布良崎神社』を創建しました。その由緒には次のように書かれています。「主神は、天富命にして、神武天皇の勅命を奉じて、沃土を東方に求むべく、阿波の忌部の一部を率いてこの房総の地に至った。即ち、この布良の一角を駒ヶ崎と称した。駒ヶ崎の東方に聳える二峰のうち、海岸に近い方は男神山、他を女神山と称され、男神山に祖神天太玉命を、御后天比理乃咩命を女神山に祀る。命は、この本郷の地を出発点として、現在の安房神社に祖神、天太玉命を祀り、漸次開拓の歩を進められ北上、特に麻穀の繁殖を奨励、また建築並びに漁業の技術をも指導された衣食住の神として崇敬厚い社なり。」。


・その「布良崎神社」の夏の祭礼(7月19日)は「磯出の神事」と呼ばれ、布良港に神輿が出て、かつては水中渡御が行われていました。磯出の神事は、一時中断していましたが、地域の方々の熱い思いで復活し、布良港では現在も故郷の阿波徳島の方角に向かって神饌台が設けられ、阿波のために供物が捧げられ、宮司の祝詞の後、故郷の阿波に向かい浦安の舞が捧げられるのです。阿波忌部が房総半島に上陸して以来、現在も続けられている神事、約1,800年(推定)の悠久の時間を経て続けられている神事を目の前にした時、私の目頭は思わず熱くなったのでした。

安房国(千葉県館山市)で感謝される剣山系の農文化伝播2

 ※布良港に神輿が出る(磯出の神事)

安房国(千葉県館山市)で感謝される剣山系の農文化伝播3

 ※阿波に向かい神饌台が向けられ、祈りが捧げられる

安房国(千葉県館山市)で感謝される剣山系の農文化伝播4

 ※阿波に向かい浦安の舞が捧げられる

(文責・写真-林 博章)

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