阿波世界農業遺産

徳島剣山系の伝統的な傾斜地農業の概要

剣山系の伝統的な農業システムの概要(支援協議会原案) 平成26年7月1日付

  • 四国東部、徳島県の南西部に連なる剣山系は、四国の尾根とも称され、その最高峰が西日本第2位の高さを誇る標高1,955mの[剣山]である。剣山系一帯は、昭和39年(1964年)に「剣山国定公園」に指定され、平成26年(2014年)で50周年を迎えた。剣山周辺部は、数多くの希少植物や貴重な植生が保全・維持、貴重な野生動物や生物が生息し、特異な陸産貝類なども知られ、日本における生態系の宝庫となっている。剣山系の山麓部から山頂部までは、約2,000mもの高度差があり、そこでは[照葉樹林帯-夏緑広葉樹林帯(ブナ林帯)-針葉樹林帯-亜高山帯]に至る垂直分布的な植生変化が観察できるのが大きな特徴で、その植生に沿った照葉樹林文化やブナ林文化が息づき、四国全体の農林産業や経済の基盤となっている。また、剣山系は[四国の水瓶]としての機能を果たし、急峻な山間部渓谷を縫うように各支流が吉野川に合流し、どのような旱魃でも未だ水が枯れたことがない。貞光川と穴吹川は日本一の水質(国土交通省の調査)、吉野川も四国第4位の水質を誇り、剣山系は豊かな水量と日本一の清流を生み出しているといえる。

  • 徳島平野を東流する吉野川南岸部より剣山系にかけた地域、地質でいえば[三波川帯][御荷鉾帯]の結晶片岩地域に剣山系の傾斜地農業は展開する。地質面から検討すれば、「剣山系の結晶片岩地帯で展開される傾斜地農業」とも捉えられる。当地域は、日本を代表する地すべり地帯で、しかも日本最大の破砕帯が走っているため、山上部に容易に畑地・棚田・集落を作ることができ、涵養林さえ残せば山上付近からでも水が湧き出るため、土地生産性が高く、古代より農業生産の場として機能してきた。それ故に、日本に前例がない傾斜地集落と独特な農村景観が歴史的に形成されてきた。吉野川下流部の人々は、この傾斜地集落を「ソラ」と呼称した。一般的な概念から見れば、剣山系の人々は、農業に不適な地域でありながら、この傾斜地空間を最大限に生かし多種多様な農業を展開しているといえる。その剣山系の急峻な傾斜地は、場所により標高、傾斜度、日照量、気候、地勢、地質が異なる。剣山系の農業用語には、[日の地](日浦)、[蔭地](影地)があり、地名の残存と合わせ、日照量に応じ作物を選定している。傾斜地農業を持続的に営むには、土壌流出を防ぐ高度な知恵と技術が肝要で、剣山系では一応にカヤを施用する農業文化が見られる。それは、伝統的にカヤ場(肥場・肥野・肥山)と呼ぶ採草地を確保し、秋にカヤ刈りを行い、伝統農業のシンボルと位置付けられる[コエグロ]を作ることで保存し、そのカヤを春に傾斜畑に投入、土壌流出を防止するのである。傾斜畑にカヤを敷く意味と効果は、他に持続的な施肥効果、雑草防止、保水力、保温力、ミミズ・小虫・微生物などの養成、生物多様性の保全など多岐に渡る。カヤの施用技術についても、切カヤを使用する方法、耕土に漉き込む方法、表層堆肥にする方法、広葉樹の落葉と混ぜる方法と様々で、育苗にも利用される。このように、カヤ場(採草地)の管理・維持・利用こそが、持続的な傾斜地農業を成立させる要件なのである。また、土壌流出を防ぐ技術も多様である。等高線に沿って畝を設け畝間にカヤを投入する農法(等高線農業)、雨量の多い山城や祖谷では水刷けを良くするため縦に畝を作る農法、カヤを耕土に漉き込み土壁のようにする農法、傾斜畑全面にカヤを敷く農法、結晶片岩を生かし傾斜度を緩めるために高度な石垣段畑をつくる技術、石垣最上部の天井石を上部に向け土壌流出を防ぐ技術など、多様な知恵と工夫が随所に見られる。

  • 剣山系の傾斜地農業を概観すれば、カヤを投入し、30度超の傾斜畑ではゼンマイ、それ以下の傾斜畑では、雑穀類、園芸作物(野菜・果樹・花卉類)、特用作物(茶・ミツマタなど)を栽培している。また、上昇気流や霧を利用して茶栽培、谷合いに湧き出る水を利用して棚田も作られている。また、水系ごとに傾斜地農業の特徴を概観すれば、貞光・一宇・半田川水系(美馬郡つるぎ町)では、自給的な雑穀・園芸作物・茶栽培に加え、柿・ゼンマイ・ユズの特産地が形成されている。穴吹川水系(美馬市)では、等高線の畝を作る農法で多様な園芸作物や茶の特産地が形成されている。加茂谷川水系(三好郡東みよし町)では、等高線に畝を作る農法で、雨除け技術を利用した夏秋野菜の大特産地が形成されている。井川谷川水系(三好市井川町)では、傾斜面で茶の大特産地が形成されている。三好市山城町の水系では、超急斜面におけるゼンマイ・茶の大特産地が形成されている。祖谷川水系では、西祖谷山で茶の特産地、他に自給的な雑穀、園芸作物などが栽培されている。川田川水系(吉野川市美郷)は、梅の特産地で知られている。鮎喰川・園瀬川水系(神山町・佐那河内村)では棚田・柑橘畑(スダチ・ミカン・梅)の特産地が形成されている。一つ谷筋や水系を隔てれば地勢に応じ全く異なる作物や技術の組み合わせで傾斜地農業の産地形成がなされている。さらに、傾斜地集落の機能を概観すれば、約100~700m内に形成された集落は、森林に周囲を囲まれ、そのことが風害、水害、霜害、傾斜地集落の崩壊を防いでいる。民家は農業に不適な場所に建て、適所にカヤ場(採草地)を配置し、地勢に合わせ結晶片岩の石垣を効果的に積み、適所に農地の有効的配置を行い、要所に巨樹・巨木・社叢林・森を残し、自然への畏敬、感謝など宗教的心情をもちつつ傾斜地農業を営んでいる。共同体意識を醸成する存在として要所に[お堂]が置かれていることも見逃せない。剣山系では、民家、採草地、畑地、棚田、果樹地、社叢林、お堂、神社などが一体感をなし、独特な豊かさを感じる農村景観がパノラマ的に構成されているのである。

〔まとめ〕

  • 剣山系では、傾斜地の土壌流出を防ぐために、主にカヤを施用しながら多種多様な知恵・工夫・技術を凝らし、その上で傾斜地の特性(風土)を最大限に生かし、標高、傾斜度、日照量、気候、地勢、地質に応じ作物を栽培し、適地適作適方式農業を営んでいるのが、剣山系における傾斜地農業の最大の特徴であり、傾斜地集落そのものが持続可能な農業知識の集合体なのである。

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